瞑想バカ-滝さんのひとりごと

瞑想バカ-滝さんのひとりごとです。東京在住49歳男性瞑想バカが、瞑想歴30年になり思うところあり、自分のような引きこもり系の人へ向けてひとりごとを言うブログです。

瞑想は初めは毒のように苦いの話

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瞑想は、初めは毒のように苦いの話し。

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(タミルナード州 パラニ駅から見る

ラニ山、山頂にはテンプルがある。)

 

 

 

瞑想は、初めは毒のように苦いと

クリシュナさんは、言いました。

 

 


バガヴァットギーター 18章

 

 


バーラダ族の誉れ高き者、

アルジュナよ。
 人が知る3つのタイプの幸せについて、
どうか聞いてほしい。

 

 


 落ち着きがあり、

物事を深く考えることができる者は、

繰り返し瞑想を練習することで、

 

 


本当に得るべき幸せを手に入れ、
苦悩に終わりを告げる。

 

 


 それは、初めは毒のように苦いが、
練習を重ねるうちに蜜のように

変わるだろう。

 

 


 この幸せは「サットヴァसत्त्व(純性)」

と呼ばれ、
自分自身の本質を、明確に自覚することから生まれる。

 

 


私たちの生活中での5つの感覚は、
視覚、触覚、聴覚、味覚、嗅覚 

がある。

 

 


この 感覚の喜びから得ることが

できる幸せは、
初めは蜜のようだが、そのうち

毒のようになる。

 

 


 これは「ラジャスरजस्(激性、動性)」
から生まれる一過性の幸せである。

 

 


 また、楽なこと、怠惰なこと、
やる気がないだけのこと、

それらから生まれる外面の 

“幸せ”に思える経験は、

 

 


初めから終わりまで人を惑わせ、

愚行に走らせます。
 これは「タマスतमस्(鈍性)」

の幸せといわれる。

 

 

 

 

 

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バガヴァットギーターという
本があります。

 

 


日本で言うと、
般若心経のような

 

 


ヒンズー教を代表する
経典があります。

 

 


機会があったら、
お読みください。

 

 


この経典では、
瞑想は、初めは毒のように苦くて、
やがて、蜜のように甘いと言う。

 

 


感覚の喜びは、

初めは蜜のように甘くて、
そのうち毒のように苦くなると言う。

 

 

少し考えてみましょう。